朗読のためのフリーテキスト
著者:百瀬
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のっぺらぼうの行方
相貌失認、という病気を知っていますか?
相貌失認、という病気を知っていますか?
私のこの病気の症状を知ったら驚くと思いますよ、おじさん。
相貌失認って言うのは、人の顔が区別できない病気です。一度や二度、五度や十度会っただけでは顔を覚えられないんですよ。
何か特別な特徴…たとえば、おじさんはこめかみから目尻にかけて変わったマークのタトゥーを入れていますよね。それは、蜘蛛ですか?
そういう一目で見分けられる特徴があるとか、あるいはとても太っているとか、とても背が高いとか、何かそういう、顔以外で区別できる要素がないと、誰が誰だかわからないんです、私。
たとえば、私は小さい頃、大人が何人か居るとどれが自分の親なのか区別することが出来なかったんです。
髪形や体形、服装に明らかな違いがあれば区別は可能なんですが。
でも、同じような黒髪ストレートヘアの女性が3人並んでいて、そのうちの一人が自分の母親だとしますよね。
そういう場面で私は母のもとへまっすぐ向かうことが出来ない子供だったんです。
信じられますか?
カモですら生まれてすぐに親について歩くのに、まだ幼い、親の愛が世界のすべてのような時期の人間の子供が、自分の親を見分けられないなんて。
小学校の頃は、クラスメイトの顔と名前が半分くらいわかるようになるのに数か月かかってました。
でも、何とか話せるようになったころに夏休みになっちゃうんで、9月に久しぶりに会うともう誰一人覚えていませんでした。
9月の朝、通学路で合う小学生たちがクラスメイトなのかどうかもわからなくて、だから自分からは声を掛けられなくて、たまにおはようって言ってもらうとああ、この人同じクラスなんだなと思いながらおはようと返事をしてましたね。
中学で図書委員になったんです。
私と同じ委員会にはA、Bという二人の男子がいたんですが、全く区別が出来なくて。
誤魔化すためにいつもA君B君!と二人をまとめて呼ぶようにしてました
どちらかが「今Aいないし」などと返事をしてくれれば、そうかここにいるのはB君なのだなと推理することができました。
中学3年の頃、犯罪被害に逢ったんです。結果的に未遂でしたが。
私の部屋の窓から忍び込んだ知らない男に暴行されそうになりました。
親は別の部屋で寝ていたんですが、私はナイフを突きつけられて声を出すなと脅されたのち口にタオルで猿轡をされてしまったので、叫ぶことはできませんでした。
犯人の顔、はっきりと見たんですが…。
私はとてつもない恐怖の中で、次にこの男に会っても私には見分けられないから、警察に行っても無駄だろうなと頭の中で考えていたんです。
その後床に押し倒されました。どうにか逃げたくて、夢中で、暴れていたらたまたま床に落ちていたボールペンを掴むことが出来て…
そのボールペンで犯人の目のあたりを思い切り突いたんですよ。それはもう、力いっぱい。本当は目を潰してやろうと思ったんですが、逸れてしまって…でも目の横にかなりぐっさりとペンの先が刺さったんです。
犯人はうわっと叫んで目を押さえて窓から逃げていきました。
私は暴行される寸前で助かったんです。
あれから14年以上、もうすぐ15年です。
14年前、私、あの被害にあったこと誰にも言わなかったんですよ。犯人の顔を見ているのに区別できないなんて、悔しくて、恥ずかしくて、相貌失認のことを警察にも話したくなくて。
でも、来月私の夫になる予定の人が…
強姦未遂の時効は15年、もうすぐだ。まだ間に合う。
強姦未遂の時効は15年、もうすぐだ。まだ間に合う。
一緒に警察に行こう、過去に向き合おうって言ってくれて。
だから、ずっと袋に入れて隠していた、犯人を刺したあのボールペンと、犯人が残していったナイフ、猿轡されたタオル…それらを、さっき警察に提出して、すべて話してきたところなんです。
ええ、ボールペンにはもちろん、犯人の血がべったりとついていますよ。乾燥しちゃってますが、DNA検査に支障はないそうです。
ナイフに指紋もついているはずです。
ナイフに指紋もついているはずです。
時効まであと少しなので…それまでに、犯人が見つかるといいんですが。
長話をしてしまいましたね、すみません。
おじさん、日本人で目尻にタトゥーを入れているなんて珍しいですね。私のような病気の者には有難いですが。だって、さっき話をした警察の人と明日すれ違ったとしても私にはわからないんですが、おじさんのことは次にどこで会ってもきっとわかりますからね。
なんだか、また会える気がしますね。
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